| H8.04.26 神戸地裁判決 平成3年 (行ウ) 40 認容(確定) | |||
| インドに出張中精神障害にかかり自殺したケースにつき、インドでの生活自体からもたらされるストレスが積み重なっていた上に、宿舎問題という業務上のストレス要因が加わったことによって発生したとして、業務起因性があると判断し、労基署長の処分を取り消した事例 | |||
| 体系項目 | : | 労災補償・労災保険
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業務上・外認定
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業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 自殺 | |
| 出典 | : | 労経速報1605号10頁 | |
| 判決理由 | : | 2 Aは、同年一二月四日、一郎に対し、インドのボンベイの南約一三〇キロメートルに所在するタールサイトへ出張を命じた。 3 Aは、タールサイトにおいて、ヨーロッパのエンジニアリング会社であるTOPSOE社がインド国営肥料会社であるRCF社から請け負っていた化学肥料工場の建設のために、B株式会社(以下「B」という。)を通じてTOPSOE社に納入した空気圧縮機及び冷凍機各二台の据付工事を行っており、右工事(以下「本件工事」という。)の技術指導員(スーパーバイザー、以下「技術指導員」という。)として、K谷直巳(以下「K谷」という。)を一郎が出張する以前から派遣していた。 4 ターサイトにおける一郎の業務は、技術指導員と現地工事会社従業員等との通訳及び事務連絡等の補助業務であり、一郎は、タールサイト派遣後、K谷のために通訳を行っていた。 5 Aが一郎をタールサイトに派遣したのは、同人が英語を得意としていたことと、前記業務に従事させることが、一郎に機械に関する知識を修得させる上で有益であると判断したためであり、同人の出張期間としては二か月間が予定されていた。 6 本件工事のために、昭和五九年一月一三日にAのT及びN並びにF製造株式会社(以下「F」という。)のSの三名の技術指導員(以下、この三名については名の記載は省略する。)が日本から派遣されてくることになっていた。右三名の宿舎について、一郎は前任者である乙田某(以下「乙田」という。)からRCF社のゲストハウスに宿泊できるとの口頭の了解を得ている旨の引継を受け、自らもこれを文書で再確認していた。ところが、RCF社は、同月九日、ゲストハウスの部屋が満室なので、空室が出るまで右三名はサイインホテルに宿泊していて欲しい旨一郎らに申し入れ、そのために生ずる宿泊料等の差額による出費の増加分を負担しようとしなかった(以下、このRCF社の申入れにより発生した技術指導員の宿泊に関する問題を「宿舎問題」という。)。 7 一郎は、RCF社に対し、当初の約束どおり、ゲストハウスに宿泊させるように交渉したが、事態は進展しなかった。 8 この問題について、一郎が指示を受けるべき上司としては、現地にはK谷以外におらず、また、タールサイトは通信事情が悪かったため、一郎が直接会社の指示を求めることはできなかった。 9 宿舎問題が解決しないまま、同月一三日、技術指導員三名が到着し、同人らはやむなくサイインホテルに宿泊することになり、そのころから、一郎の様子に異常が認められたため、K谷は、同月一六日、Bボンベイ事務所長の丙井次郎(以下「丙井」という。)にタールサイトに来てもらい、同人と相談した結果、一郎の気分転換を図り、必要であれば医者の診察を受けさせ、場合によっては会社の指示を受けるため、一郎を伴ってボンベイに行くことになった。 10 一郎らは、同日午後一一時三〇分ころ、ボンベイのプレジデントホテルにチェックインし、一六階の客室に入ったが、一郎は、翌一七日未明、部屋の真下の地上に倒れて死亡しているところを発見され、その死因は、多発性骨折による急性頭部外傷によるショック死と診断された。〔中略〕 (一) 一郎は、入社前に数回の海外旅行の経験があり、語学にも秀でていたが、留学等の相当期間にわたる海外生活の経験はなく、インドにおけるビジネスの場での語学力としては、十分なものではなかった。 また、一郎は、入社後一年に満たない新入社員であり、本件出張当時は研修期間の途中であって、営業部門での経験は積んでおらず、海外勤務はむろん初めてであった。もっとも、入社一年未満の海外出張は、Aでは先例がないわけではなく、直ちに、他の社員と比較して特に過重な業務を課されたとはいえない。 (二) 派遣先のインドは、発展途上国であり、言語はもとより、風土、生活習慣、風俗、衛生状態、人種、民俗、宗教等あらゆる面で我が国との差異があり、特に、タールサイトは通信事情が極めて悪いため、前任者の乙田が契約の細かい詰めの作業をしていたものの、何らかのトラブルがあれば、会社からの指示を得るのに時間がかかり、一郎が自分で判断して処置しなければならないことが多かった。 また、一郎が業務上接触した相手方は国籍も様々な外国人である上に、インドにおけるビジネス上の約束の履行に対するルーズは日本とは比較にならず、一郎自身もそのことに悩まされていた。 これらの点に照らせば、タールサイトは、入社一年未満の新入社員の初めての海外派遣の派遣先としては、いささか過酷なものであったということができる。〔中略〕 (四) 一郎は、昭和五九年一月九日まで、表面上は順調に業務をこなしており、手紙の記述等からは、高揚した気分でインドでの生活を賛美しているようでもあるが、このような状態は、海外勤務から来るストレスに適応しようとする反応とみられる。しかし、この状態が継続した後には、生体がストレスに耐えられなくなって、不適応現象が出現する「不満期」に移行することが、海外渡航者には少なからず存在する。 (五) このような状況の下で、一月九日に宿舎問題が発生したのであるが、この宿舎問題は、一郎が派遣先において初めて遭遇した難問であり、同人は、技術指導員が到着するまでの数日間に、TOPSOE社との交渉、対応策の検討、会社への報告等を行い、右難問に精力的に取り組んでいた。 しかしながら、通信事情等のために、会社(具体的には前任者の乙田)からの適切な指示が得られなかったこともあって、一郎は、宿舎問題について適切な解決法を見いだすことができず、宿舎問題は、一郎にとって、不安、緊張に満ちた強度の精神的負担になっていた。 そして、田中ら技術指導員の到着後、同人らとの会談のころから、一郎に各種の症状が現れるようになってきたことからみても、右会談その他田中らとの接触により、次郎の不安、緊張が高められ、前記心因性精神障害の発症に至ったものと認められる。〔中略〕 5 以上のとおり、一郎については、Aが命じた海外勤務による業務に関連して、短期反応精神病ないしは反応性うつ病を発症させるに足る強い精神的負担が存在していたと認められるところ、本件全証拠によっても、一郎に右精神障害の有力な発病原因となるような業務以外の精神的負担が存在したとは認められず、かつ、精神障害の既往症その他当該疾病の有力な発病原因となるような個体的要因が存在したとも認められないから、一郎の精神障害の発症については、業務起因性を肯定することができる。 | |